THE TAIDAN vol.1 ルーク・ホロウェイ×松田 貴盛

人生は常にサバイバル~軍隊格闘家、ルーク・ホロウェイ氏

ホロウェイ氏「自分信じて前に」~松田氏「『一生白帯』に共感」

ルーク・ホロウェイ
豪州出身。スナイパーを経験した祖父と警察官や刑事を務めた父の影響で幼少期から森の中でサバイバル訓練を積む。世界中の道場で武術を習得して帰国後、要人警護の事業を開始。実践的な格闘理論を体系化した『ローコンバットインターナショナル』を創設。現在は世界中の軍隊や警察を指導するほか、一般向けにも道場を展開している。

豪州出身の格闘家、ルーク・ホロウェイ氏のもとには世界中の軍隊や警察から指導依頼が絶えない。 彼が創った「ローコンバット」は〝生き残る〟という一点に重きを置いた実践的な格闘理論だ。 日々の鍛錬によって有事でも冷静かつ正確な対応を求めるその思想は、一線に立つ兵士や警官だけでなく、不安定な社会を生きる我々一人ひとりにも通じる普遍性を有している。 彼の理念に共感し千葉県我孫子市でローコンバット道場を開いた、英語進学塾リオンの松田貴盛塾長がローコンバットの本質についてホロウェイ氏と対談した。

ローコンバットと他の武術や格闘技との違いを教えてください。

■ルーク・ホロウェイ氏(以下、ホロウェイ氏):

様々な武術や格闘技を身につけたが、戦いの現場では「相手がこう来たらこう返そう」と考える暇がない。 要人警護や飲食店の用心棒の仕事を経験するうちに気付いたのは、やるかやられるかの状況に陥ったら自分を信じて前へ進むしかないということだ。 武術は素晴らしいものだが「サバイバル」の概念とは分けて考えなければならない。 戦場でもジャングルでも都市の中でも、危機管理の意識を高め、自分の身を守るためにスキルを磨くのがローコンバットの根本にある考え方だ。

■松田貴盛塾長(以下、松田氏):

ルーク・ホロウェイ先生が唱える「アーバンサバイバル」の哲学に感性を刺激された。 森や林に限らず都会をも〝ジャングル〟と捉える概念で、普段の都市生活の中からサバイバルを心がける哲学に深く共感している。 ビジネスの世界でもこの考え方は生きてくる。私自身、全くお金がないところから事業を立ち上げ、後ろ盾も何もない中で生き残っていくことの大切さを実感してきた。 スキルはもとより、サバイバルを最優先する理念にローコンバットの本質があると感じている。

ローコンバットは普段の生活でも生かせるのでしょうか。

■ホロウェイ氏:

例えば、道を歩くだけでもたくさんの危険が隠れている。 だが、特に日本では平和ぼけしているのか、周りを意識していない人があまりに多い。 スマートフォンの操作に夢中になって周囲への注意力が低下すると、犯罪に巻き込まれたり事故に遭ったりする可能性が高くなる。 ローコンバットはまず基本動作として「スキャン」を徹底する。リスクを早期に見つけるため、常に周囲を見渡す動きのことだ。 気づきが遅れると、次の行動に移るまでの判断時間も短くなり、被害者になる危険性が高まる。 人生は常にサバイバル。 常に自身を守る習慣をつけ、ライフスタイルの中に取り込むことが重要だ。

実際にはスキャンから行動に至るまでの一連の過程が重要になる。 その流れを体系立てたのが「OODA(オーダ)サイクル」の考え方だ。 「O(observe=観察)」「O(Orient=状況把握)」「D(Decide=決定)」「A(Active=動く)」の4段階に分かれており、これらを2秒以内に実行しなければならない。なぜか。 もたもたしている間に、攻めてくる相手にやられてしまうからだ。 気づきが遅れた上に「もうダメだ」とネガティブな考えに支配されると、簡単に被害者になってしまう。

■松田氏:

オーダサイクルでは一瞬の判断力が求められるため、決まった「型」だけでは臨機応変な対応ができない。 型にはまらないからこそあらゆる状況に対処できるのだが、一方で、徹底的に型を訓練するからこそ〝無形〟になれるというパラドクスがある。 つまり、どんな状況にも冷静に立ち向かうスキルと自信を獲得することで、相手やその時の環境に合わせた戦いができるという意味だ。 この逆説のコンセプトがローコンバットの魅力だ。 何が起こるか分からないからこそ、状況に応じて水のように形を変える柔軟性が重要になるのはビジネスの世界も同様だ。

「2秒以内」に判断する集中力を養うためにどのような訓練をしていますか。

■ホロウェイ氏:

人間は誰しも自然に「今通っている道は正しいかな」と思うときがある。 自分に関して言えば(集中力を高めるのに)効果があった方法は瞑想(めいそう)だ。 自分の呼吸や振動のみを聞いて雑念が入ってこないように集中する。 ただ、自分にも考えをきれいに掃除できないときもあった。 そんなとき、豪州にあるタイの寺へ行き「瞑想がうまくいかない」とお坊さんに相談すると「ムエタイやっているんでしょ。じゃそれがお前の瞑想だ」と言われた。確かにその通り。 ムエタイをやっているときは集中してリフレッシュできる。 つまり、特別な方法はなく、自分に合うものであればそれでいい。

ローコンバットのエッセンスはビジネスにも通用します。

■松田氏:

会社に勤めたことがないのでサラリーマンのことはよく分からないが、徹底的に準備を重ね、常に最高の状態をキープすることでビジネスパーソンとして圧倒的な魅力が生まれることは間違いないだろう。 その姿勢はローコンバットにも通じる。共通するのは「刹那」を大切にしている点だ。 人に頼ることなく自分を信じ、今この瞬間を一生懸命生きるその姿が人に魅力を放ち、ビジネス上の成功につながるのだと確信している。 大事なのは成功するかしないかでなく、この瞬間に最善を尽くしているかどうかだ。

■ホロウェイ氏:

ビジネスに通じるとすれば、今何が起きているかでなく、どう対応するかを重視している点ではないか。 問題そのもの、つまり欠けている部分に焦点を当てると「生き残れるかな」という不安の方が大きくなってしまう。 集中しなければならないのはまだ残っている部分=対応策の方だ。 ビジネスの世界も神頼みで何とかなるほど甘くないのは言うまでもない。 〝Less is more(少ないほど豊かである)〟という言葉が表しているように、今あるものに感謝して前へ進むことが大切だ。 日本のビジネスパーソンを見ていて問題だと思うのは、自分自身を見下している人が多いということだ。これは理解できない。 ビジネスもそうだが、戦いの場で最後に信頼できるのは自分一人しかいない。 有名人の名前を借りて自分を大きく見せる人もいるが、そういう人間は大抵、自分のキャリアやライフスタイルに満足していない。 自己紹介しなくていいような状態になるまで頑張らなくてはならない。 会社員や公務員など組織に属している人も皆、自営業だという気持ちでプライドを持って仕事に臨むべきだ。

ローコンバットに「階級」がないのはなぜですか。

■ホロウェイ氏:

大事なのはステータスでなく責任感だからだ。 自分が被害者になることだけでなく、自分の子どもや大事な仲間が被害者になったらどうするのかを真剣に考えるべきだ。 どんなに危険な状況になっても、落ち着いた気持ちで対処することが欠かせない。ローコンバットの道場にも「インターネット動画を見てかっこいいからやりたいと思った」と言って来る人たちもいる。 だが、そういう人には全ての礎となる責任感が欠落している場合が多く、モチベーションとしては不十分だ。一蓮托生、人間は人間。上も下もない。

■松田氏:

自分は黒帯だと自慢する人が世の中には多いが、ローコンバットの良さはそういうものが一切ないところにある。 「一生白帯」という意識が浸透している。肩書やアクセサリーで人は勝負しない。山へ修行に行ったとき、そこでは自分の肩書は何一つ役に立たない。 1人の人間がただ存在するだけ。問われているのはその人間力だ。ローコンバットの神髄にはこうした哲学が隠れている。 常に謙虚に、新しい技術があれば頭を下げて学びに行く――この姿勢がリオンの生徒に最も伝えたいことの1つだ。